「日本巫女史/第一篇/第三章/第三節」を編集中
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伴信友翁は『太詔戸命と申すは、児屋命を称へたる一名なるべし(中略)。名に負ふ中臣の祖神に坐し、はた卜事行ふにも、神に向ひて、其の占問ふ状を祝詞する例なるにあはせて、卜庭に祭る時は、太詔戸命と称へ申せるにぞあるべき。』と考証されているが〔九〕、私に言わせると、是れは伴翁の千慮の一失であって、太詔戸命とは即ち太詔詞の言霊を神格したものと信じたいのである。畏友武田祐吉氏の研究によれば、 | 伴信友翁は『太詔戸命と申すは、児屋命を称へたる一名なるべし(中略)。名に負ふ中臣の祖神に坐し、はた卜事行ふにも、神に向ひて、其の占問ふ状を祝詞する例なるにあはせて、卜庭に祭る時は、太詔戸命と称へ申せるにぞあるべき。』と考証されているが〔九〕、私に言わせると、是れは伴翁の千慮の一失であって、太詔戸命とは即ち太詔詞の言霊を神格したものと信じたいのである。畏友武田祐吉氏の研究によれば、 | ||
: | : 言霊信仰は、おのずから言語を人格神としてとり扱うに至るべきことを想像せしめる。その例として、辞代主神、一言主神の如き、言霊神ではないかと思われる。辞代主のしばしば託宣するは史伝に見ゆるところであり、一言主も亦『郷土研究』によれば〔一○〕、よく託宣したことが見えている。善言も一言、まが言も一言と神徳を伝えたその神が、言霊の神であるべきことは想像せられ易い。 | ||
とあるのは至言であって〔一一〕、私は是等の辞代主、一言主に、更に太詔戸命を加えたいと思うのである。伴翁は太詔戸命と共に卜庭の神である櫛真知命は波々加ノ木の神格化であるとまで論究されていながら〔一二〕、何故に太詔戸命の太祝詞の神格化に言及せられなかったのであるか、私にはそれが合点されぬのである。所謂、智者の一失とは此の事であろう。前に引いた「亀兆伝」の太詔戸命の細註にも『持神女、住天香山也、亀津比女命、今称天津詔戸太詔戸命也。』となりと明記し、児屋命と別神である事を立証している〔一三〕。太詔戸命は言霊の神格化として考うべきである。 | とあるのは至言であって〔一一〕、私は是等の辞代主、一言主に、更に太詔戸命を加えたいと思うのである。伴翁は太詔戸命と共に卜庭の神である櫛真知命は波々加ノ木の神格化であるとまで論究されていながら〔一二〕、何故に太詔戸命の太祝詞の神格化に言及せられなかったのであるか、私にはそれが合点されぬのである。所謂、智者の一失とは此の事であろう。前に引いた「亀兆伝」の太詔戸命の細註にも『持神女、住天香山也、亀津比女命、今称天津詔戸太詔戸命也。』となりと明記し、児屋命と別神である事を立証している〔一三〕。太詔戸命は言霊の神格化として考うべきである。 |