「トーク:日本巫女史/第一篇/第二章/第二節」の版間の差分
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* 底本 p.125 | * 底本 p.125 | ||
** 「受くるに共に」は「受くると共に」の誤植と思われるので改めた。--[[利用者:たちゃな|たちゃな]] 2009年2月16日 (月) 13:19 (JST) | ** 「受くるに共に」は「受くると共に」の誤植と思われるので改めた。--[[利用者:たちゃな|たちゃな]] 2009年2月16日 (月) 13:19 (JST) | ||
* 「<ruby><rb>占領</rb><rp>(</rp><rt>ウシハク</rt><rp>)</rp></ruby>ところの土地」を「<ruby><rb>占領</rb><rp>(</rp><rt>うしは</rt><rp>)</rp></ruby>くところの土地」と、「く」を送り仮名にした。 | |||
==未修正箇所== | ==未修正箇所== | ||
* 底本 p.127 | * 底本 p.127 |
2009年7月6日 (月) 13:11時点における版
修正箇所
- 底本 p.124
- 「春日ノ里の遷し」は「春日ノ里に遷し」の誤植と思われるので改めた。--たちゃな 2008年8月17日 (日) 18:10 (JST)
- 底本 p.125
- 「受くるに共に」は「受くると共に」の誤植と思われるので改めた。--たちゃな 2009年2月16日 (月) 13:19 (JST)
- 「
占領 ところの土地」を「占領 くところの土地」と、「く」を送り仮名にした。
未修正箇所
- 底本 p.127
- 「飯縄」→「飯綱」
メモ
- 底本 p.125
- ヤボサの語源を、ドラヴィダ語族タミル語に求めてみてはどうか。--たちゃな 2008年8月17日 (日) 18:10 (JST)
- 大野晋の研究によれば、日本語の ya は古代タミル語の yā に対応するが、これは時を経て頭子音の y が失われるに至り、ā, a, e, ē に転じたとされる。また日本語の b はタミル語の mp, v, vv に対応する。これらの規則に照らし、日本語 yabosa に対応しうると考えられる語を覓めた結果、可能性のある語として茲に avvai を挙げたい。意味は、母である。--たちゃな 2009年2月16日 (月) 03:06 (JST)
- 「『日向国史跡報告』によると、同国に産母神社をヤブサと訓ませたものが見えている。」とあるのも、「ヤボサ=母」説を裏打ちしてくれているように思える。--たちゃな 2009年6月6日 (土) 17:31 (JST)
- 女官の長としての命婦という記述からは、個人的に、更級日記の「博士命婦」が連想された。--たちゃな 2008年8月17日 (日) 18:10 (JST)
- ヤボサの語源を、ドラヴィダ語族タミル語に求めてみてはどうか。--たちゃな 2008年8月17日 (日) 18:10 (JST)