トーク:日本巫女史/第一篇/第八章/第六節

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2009年8月26日 (水) 11:46時点におけるたちゃな (トーク | 投稿記録)による版 (→‎メモ)
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修正箇所

  • 底本 p.371
    • 底本では河辺臣瓊缶が婦甘美媛を、調吉士伊企儺が妻子葉子の事は「宣化紀」にあると書くが、正は「欽明紀」の出来事なので修正した。--浦木裕 2008年10月4日 (土) 17:51 (JST)
  • 底本 p.376
    • 「松屋筆記」引用中「御祓を其上にかざぜば」は、正しくは「御祓を其上にかざさば」と思われるので修正した。--たちゃな 2008年9月1日 (月) 19:48 (JST)

未修正箇所

メモ

  • 底本 p.375
    • 「墨吉乃 吾大御神 舶乃倍尓 宇之波伎座 船騰毛尓 御立座而」(万葉集 19-4245
  • サイノ目の置方
    • 「幅約1cm、高さ約1cm、長さ約2cmの木の中央を鋸でひいてすきまを作る。約1cm四方のサイコロ状のものが底だけつながって2個並んだ状態になる。これにサイの目を入れるがこの際、イッテン(1)ジロク(6)オモテミアワセ(3)トモシアワセ(4)ロカイゴトゴト(5)ナカニコニコ(2)ということで、(1)が上、(6)が下、両外側が(5)内側に(2)がくるようにする。」(関眞由子『鞆浦漁港を中心とした船霊信仰』, 阿波学会郷土研究発表会紀要第33号)
      • すなわちこの事例では、天が1・1、地が6・6、正面が3・3、背面が4・4、左右の面がともに5となる、線対称の二つのサイコロが繋がった形状をしている?--たちゃな 2009年8月26日 (水) 20:46 (JST)