「日本巫女史/第一篇/第七章/第二節」を編集中
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'''二、霊魂の神への発達と巫女''' | '''二、霊魂の神への発達と巫女''' | ||
<ruby><rb>万有精霊</rb><rp>(</rp><rt>アニミズム</rt><rp>)</rp></ruby> | <ruby><rb>万有精霊</rb><rp>(</rp><rt>アニミズム</rt><rp>)</rp></ruby>時代にあっては、総ての霊魂は神として崇拝されていたが、霊魂に善魂と悪魂とあるものと信ずるようになって、茲に崇拝の分裂が生じ、更に善霊中に神格を認め、悪霊中に魑魅を考えるようになれば、霊魂は悉く神ではなくして、その中の一部しか神となるべき資格の無いものと想うようになり、茲に信仰を教理的に解釈するまでに進んで来たのである。 | ||
我が古代で霊魂——即ち善霊を神にするのに就いて、如何なる形式が行われたか、それは今から稽うべき手懸りすらない。現代の習俗を基礎として、手近な例を挙げれば、菅原道真が薨去したのを、天満宮と祭りさえすれば、それで昨日の人は今日の神となるという、極めて簡単なものにしか過ぎぬが、此の例を以て古代を推すことは妥当でないと信ぜられるが、さりとて他にこれを説明すべき資料は寡聞に入らぬのである。然るに、琉球においては、霊魂が神にまで発達するには、相当の歳月を要し、併せて複雑なる形式を履んだようである。「東汀随筆」第六回に左の如き記事が載せてある。 | 我が古代で霊魂——即ち善霊を神にするのに就いて、如何なる形式が行われたか、それは今から稽うべき手懸りすらない。現代の習俗を基礎として、手近な例を挙げれば、菅原道真が薨去したのを、天満宮と祭りさえすれば、それで昨日の人は今日の神となるという、極めて簡単なものにしか過ぎぬが、此の例を以て古代を推すことは妥当でないと信ぜられるが、さりとて他にこれを説明すべき資料は寡聞に入らぬのである。然るに、琉球においては、霊魂が神にまで発達するには、相当の歳月を要し、併せて複雑なる形式を履んだようである。「東汀随筆」第六回に左の如き記事が載せてある。 |