日本巫女史/第一篇/第七章/第五節」を編集中

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: 息長帯日女命{神功/皇后}新羅の国を平らげむと欲して下り坐す時に、衆神に祷りき。その時、国堅大神の子、爾保都比売命、国造石坂比売命に<ruby><rb>着</rb><rp>(</rp><rt>カ</rt><rp>)</rp></ruby>かりて<ruby><rb>教</rb><rp>(</rp><rt>サト</rt><rp>)</rp></ruby>しけらく、『好く我が前を治め<ruby><rb>奉</rb><rp>(</rp><rt>マツ</rt><rp>)</rp></ruby>らば、我に善き験を出し、<ruby><rb>比々良木</rb><rp>(</rp><rt>ヒヒラギ</rt><rp>)</rp></ruby>ノ<ruby><rb>八尋桙底不附国</rb><rp>(</rp><rt>ヤヒロホコソコツカヌクニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>越売眉引国</rb><rp>(</rp><rt>ヲトメノマユヒキクニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>玉匣賀々益国</rb><rp>(</rp><rt>タマクシゲカガヤククニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>苦尻有宝白衾新羅</rb><rp>(</rp><rt>コモマクラタカラアルタクフスマシラキ</rt><rp>)</rp></ruby>ノ<ruby><rb>国</rb><rp>(</rp><rt>クニ</rt><rp>)</rp></ruby>を、<ruby><rb>丹浪</rb><rp>(</rp><rt>ユナミ</rt><rp>)</rp></ruby>もて、ことむけ賜はむ』と教え賜ひき云々(大岡山書店本の「古風土記逸文」に拠る)。
: 息長帯日女命{神功/皇后}新羅の国を平らげむと欲して下り坐す時に、衆神に祷りき。その時、国堅大神の子、爾保都比売命、国造石坂比売命に<ruby><rb>着</rb><rp>(</rp><rt>カ</rt><rp>)</rp></ruby>かりて<ruby><rb>教</rb><rp>(</rp><rt>サト</rt><rp>)</rp></ruby>しけらく、『好く我が前を治め<ruby><rb>奉</rb><rp>(</rp><rt>マツ</rt><rp>)</rp></ruby>らば、我に善き験を出し、<ruby><rb>比々良木</rb><rp>(</rp><rt>ヒヒラギ</rt><rp>)</rp></ruby>ノ<ruby><rb>八尋桙底不附国</rb><rp>(</rp><rt>ヤヒロホコソコツカヌクニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>越売眉引国</rb><rp>(</rp><rt>ヲトメノマユヒキクニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>玉匣賀々益国</rb><rp>(</rp><rt>タマクシゲカガヤククニ</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>苦尻有宝白衾新羅</rb><rp>(</rp><rt>コモマクラタカラアルタクフスマシラキ</rt><rp>)</rp></ruby>ノ<ruby><rb>国</rb><rp>(</rp><rt>クニ</rt><rp>)</rp></ruby>を、<ruby><rb>丹浪</rb><rp>(</rp><rt>ユナミ</rt><rp>)</rp></ruby>もて、ことむけ賜はむ』と教え賜ひき云々(大岡山書店本の「古風土記逸文」に拠る)。


これは言うまでもなく、国誉めの詞の類いであって、我が古代の文献には、相当多く散見するところである。而して長句と短句とを巧みに交えて措辞を修めたところは、一種の歌謡としても立派なものと信ずるのである。更に第三例としては、「皇大神宮儀式帳」に、
これは言うまでもなく、国誉めの詞の類いであって、我が古代の文献には、相当多く散見するところである。而して長句と短句とを巧みに交えて借辞を修めたところは、一種の歌謡としても立派なものと信ずるのである。更に第三例としては、「皇大神宮儀式帳」に、


: そのかみ、宇治の大内人仕へ奉る宇治の土公等が遠つ祖大田の命を、いましが国の名は何ぞと問はし給ひき。これの川の名は、さこくしる伊須々の川と申す。これの川上に好き大宮処ありと申す。すなはち見そなはして好き大宮処定め給ひき。『朝日の来向ふ国、夕日の来向ふ国、浪の音の聞えぬ国、風の音の聞えぬ国、弓矢鞆の音の聞えぬ国と大御心鎮り坐す国』と、悦び給ひて大宮定め奉りき(中山曰。武田祐吉氏著の「神と神を祭る者との文学」所載の訳文に拠る)。
: そのかみ、宇治の大内人仕へ奉る宇治の土公等が遠つ祖大田の命を、いましが国の名は何ぞと問はし給ひき。これの川の名は、さこくしる伊須々の川と申す。これの川上に好き大宮処ありと申す。すなはち見そなはして好き大宮処定め給ひき。『朝日の来向ふ国、夕日の来向ふ国、浪の音の聞えぬ国、風の音の聞えぬ国、弓矢鞆の音の聞えぬ国と大御心鎮り坐す国』と、悦び給ひて大宮定め奉りき(中山曰。武田祐吉氏著の「神と神を祭る者との文学」所載の訳文に拠る)。
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