日本巫女史/第一篇/第三章

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日本巫女史

第一篇 固有呪法時代

第三章、巫女の用ゐし呪文と呪言

古代の巫女が、呪術を行ふに際して用ゐたる物に、呪言と呪文との區別の有つた事は、極めて朧げながらも、看取する事が出來る樣である。私は此の標準を、呪文は巫女が神に對して用ゐし物、呪言は人に對した物として區別したいと思ふ。勿論、此區別は、國語を有してゐても、國字を有してゐ無かつた古代の分類法としては、全く無意味であつて、呪文と云ひ、呪言と云ふも、共に言語を以て現はされてゐるのであるから、廣義に見れば、二つの間に區別を立てる事は困難なのである。併しながら、巫女の有してゐた言語感情──獨り巫女ばかりで無く、當時の社會が一般に有してゐた言語感情から云ふと、一種の歌謠體を借りて、三・四句又は五・六句の辭を續け聯ねて言ふ物は呪文であつて、後世の祝詞は此れより生まれたと考へたい。此れに反して、一語か二語で獨立してゐる物は呪言であつて、後世の「のろひ」又は「とごひ」等云ふ物は、是れに屬する物と考へられぬでも無い。

以上は、呪文と呪言とを形式上から見た分類であるが、更に內容上から分類すると、概して呪文は善惡の兩方に用ゐらるるも、呪言は惡い方に多く用ゐらるる傾きを有してゐる。私は、不充分ながらも、斯うした態度で、巫女の用ゐた呪文と呪言との考覈を進めたいと思うてゐる。唯、實際問題として、困惑を感ずる事は、私の寡聞から、古代の徵證が男覡に多くして、巫女に尠いと云ふ點である。が、此れは我國の文獻なるものが、母權時代を迥かに過ぎた父權時代に製作された為に、巫女に薄くして覡男に厚いのは、何とも致し方の無い事と考へるのである。