日本巫女史/第一篇/第六章/第三節」を編集中

ナビゲーションに移動 検索に移動
警告: ログインしていません。編集を行うと、あなたの IP アドレスが公開されます。ログインまたはアカウントを作成すれば、あなたの編集はその利用者名とともに表示されるほか、その他の利点もあります。

この編集を取り消せます。 下記の差分を確認して、本当に取り消していいか検証してください。よろしければ変更を公開して取り消しを完了してください。

最新版 編集中の文章
9行目: 9行目:
古代の巫女の修行や、師承関係や、その給分の実際等に就いては、私の寡聞のためか、皆目知ることが出来ぬのである。全国の女性が、悉く巫女的生活を営んでいたとは云うものの、純乎たる巫女として神に仕え世に処すには、相当の修行を要した事と想われるが、それが尠しも判然せぬのである。更に古代においては、呪術を学ぶには、後世の師匠どりともいうべき関係も存したことと考えるが、これも全く手掛りすら判然せぬ。また神社に仕える巫女には、一定の給分もあったことと思うが、これも又た遂に知ることが出来ぬのである。換言すれば、此の方面における巫女の生活は、一切を挙げて歳月の流れと共に永久に流れ去ってしまって、何事も痕跡だに留めていぬのである。従って下級の巫女の社会的位置なども、詳細には知ることが出来ず、ただ漠然と、相当に敬意を払われたり、恐怖されたりしていたのであろうと想像するだけである。
古代の巫女の修行や、師承関係や、その給分の実際等に就いては、私の寡聞のためか、皆目知ることが出来ぬのである。全国の女性が、悉く巫女的生活を営んでいたとは云うものの、純乎たる巫女として神に仕え世に処すには、相当の修行を要した事と想われるが、それが尠しも判然せぬのである。更に古代においては、呪術を学ぶには、後世の師匠どりともいうべき関係も存したことと考えるが、これも全く手掛りすら判然せぬ。また神社に仕える巫女には、一定の給分もあったことと思うが、これも又た遂に知ることが出来ぬのである。換言すれば、此の方面における巫女の生活は、一切を挙げて歳月の流れと共に永久に流れ去ってしまって、何事も痕跡だに留めていぬのである。従って下級の巫女の社会的位置なども、詳細には知ることが出来ず、ただ漠然と、相当に敬意を払われたり、恐怖されたりしていたのであろうと想像するだけである。


斯うした時代においても、巫女の間に二つの大きな区別が在った事だけは、やや明白に知られるのである。即ち一は神社に附属して、或る定まれる神以外には仕えぬ巫女と、一はこれに反して、神社を離れて、村落に土着し、依頼を受けて呪術を行うた巫女との存したことである。名神・大社に奉仕した巫女は、前者であって、蘇我大臣の渡橋を要して神語を寄せた巫女や、「皇極紀」にある常世神を祭った巫覡などは、後者であると見て大過ないようである。而して此の区別は、時代の降ると共に、その間が漸く拡大されて来て、前者は所謂カンナギ系の巫女として、益々高く浄く固定し、後者は仏教、道教、修験道などの信仰と雑糅して、愈々低く俗化し、クチヨセ系の市子と堕落したものと考えるのである。
斯うした時代においても、巫女の間に二つの大きな区別が在った事だけは、やや明白に知られているのである。即ち一は神社に附属して、或る定まれる神以外には仕えぬ巫女と、一はこれに反して、神社を離れて、村落に土着し、依頼を受けて呪術を行うた巫女との存したことである。名神・大社に奉仕した巫女は、前者であって、蘇我大臣の渡橋を要して神語を寄せた巫女や、「皇極紀」にある常世神を祭った巫覡などは、後者であると見て大過ないようである。而して此の区別は、時代の降ると共に、その間が漸く拡大されて来て、前者は所謂カンナギ系の巫女として、益々高く浄く固定し、後者は仏教、道教、修験道などの信仰と雑糅して、愈々低く俗化し、クチヨセ系の市子と堕落したものと考えるのである。


[[Category:中山太郎]]
[[Category:中山太郎]]
Docsへの投稿はすべて、他の投稿者によって編集、変更、除去される場合があります。 自分が書いたものが他の人に容赦なく編集されるのを望まない場合は、ここに投稿しないでください。
また、投稿するのは、自分で書いたものか、パブリック ドメインまたはそれに類するフリーな資料からの複製であることを約束してください(詳細はDocs:著作権を参照)。 著作権保護されている作品は、許諾なしに投稿しないでください!

このページを編集するには、下記の確認用の質問に回答してください (詳細):

取り消し 編集の仕方 (新しいウィンドウで開きます)