「日本巫女史/第一篇/第四章/第四節」を編集中

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蟹は現代でも呪力あるものとして用いられている。東京市中でよく見かけるが、蟹甲を水引で軒頭に結びつけて置くのがそれである。今日では蟹甲を下げるのは、小児の驚風の厭勝だなどと云われているが、併し此の俗信の由来は遠き神代に発生したものである。蟹を呪術とした文献は「古語拾遺」に、
蟹は現代でも呪力あるものとして用いられている。東京市中でよく見かけるが、蟹甲を水引で軒頭に結びつけて置くのがそれである。今日では蟹甲を下げるのは、小児の驚風の厭勝だなどと云われているが、併し此の俗信の由来は遠き神代に発生したものである。蟹を呪術とした文献は「古語拾遺」に、


: 天祖彦火尊娉海神之女豊玉姫命生彦瀲尊、誕育之日海浜立室、于時掃守連遠祖天忍人命供奉陪従、作箒掃蟹仍掌敷設、遂以為職曰蟹守{今俗謂之借守/者彼詞之転也}。
: 天祖彦火尊娉海神之女豊玉姫命生彦瀲尊、誕育之日海浜立室、于時掃守連遠祖天忍人命供奉陪従、作箒掃蟹仍掌敷設、遂以為職曰蟹守{今俗謂之掃守/者彼詞之転也}。


とあるのがそれである。然るに、此の蟹守の故事は、独り「古語拾遺」に載せてあるばかりで、他の記・紀・風土記などには、全く記してない。ただに是等の書籍に載録を欠くばかりでなく「新選姓氏録」和泉国神別の条には、此の記事と相反するが如きものが記してある。即ち、
とあるのがそれである。然るに、此の蟹守の故事は、独り「古語拾遺」に載せてあるばかりで、他の記・紀・風土記などには、全く記してない。ただに是等の書籍に載録を欠くばかりでなく「新選姓氏録」和泉国神別の条には、此の記事と相反するが如きものが記してある。即ち、
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蟹や蛇や蝦の脱殻作用を見て、これを不思議なるものと考えずには居られなかったのである。人類には決して見ることの出来ぬ此の不思議は、やがて是等の動物は脱殻作用のあるために、幾度となく生命を更新して、永遠に生存するものであるという信仰に導いたのである。復言すれば、脱殻は老いたる生命を若きに返す不思議の霊能のあるもので、かくて何時までも生き永らえるものと思惟したのである。
蟹や蛇や蝦の脱殻作用を見て、これを不思議なるものと考えずには居られなかったのである。人類には決して見ることの出来ぬ此の不思議は、やがて是等の動物は脱殻作用のあるために、幾度となく生命を更新して、永遠に生存するものであるという信仰に導いたのである。復言すれば、脱殻は老いたる生命を若きに返す不思議の霊能のあるもので、かくて何時までも生き永らえるものと思惟したのである。


琉球の伝説に、古代の人間は、蛇と同じように脱皮したもので、然もその脱皮毎に、心身ともに若くなったのであるが、それには正月の若水に身体を浸すことになっていた。然るに或年のこと、若水を浴びようと、井戸へ往って見ると、人間より先に蛇が浸っていたので気味悪く思い、手足の先だけ水に浸して帰ってしまった。それ以来、蛇は脱皮するも、人間は此の霊能を失い、僅に手足の爪だけが脱け変るのだと云うのがある〔四二〕。此の伝説は、内地の若水の信仰で、その基調となっているものは、前に述べた「<ruby><rb>変若水</rb><rp>(</rp><rt>ヲチミヅ</rt><rp>)</rp></ruby>」の信仰である。而して此の信仰は延いて、神々の復活ということまでも考えさせるようになった。日神の運行も、月神の盈虚も、穀神(古代人は種子その物を直ちに神と見た)が一度刈られて、また繁茂し、結実するのも、悉く復活に外ならぬと認識したのである。天照神の磐戸隠れも、大己貴命が二度死んで二度とも蘇生したのも、共に生命の更新であって、然も霊能の復活である、と信じていたのである。
琉球の伝説に、古代の人間は、蛇と同じように脱皮したもので、然もその脱皮毎に、心身ともに若くなったのであるが、それには正月の若水に身体を浸すことになっていた。然るに或年のこと、若水を浴びようと、井戸へ往って見ると、人間より先に蛇が浸っていたので気味悪く思い、手足の先だけ水に浸して帰ってしまった。それ以来、蛇は脱皮するも、人間は此の霊能を失い、僅に手足の爪だけが脱け変るのだと云うのがある〔四二〕。此の伝説は、内地の若水の信仰で、その基調となっているものは、前に述べた「<ruby><rb>変若水</rb><rp>(</rp><rt>ヲチミヅ</rt><rp>)</rp></ruby>」の信仰である。而して此の信仰は延いて、神々の復活ということまでも考えさせるようになった。日神の運行も、月神の盈虧も、穀神(古代人は種子その物を直ちに神と見た)が一度刈られて、また繁茂し、結実するのも、悉く復活に外ならぬと認識したのである。天照神の磐戸隠れも、大己貴命が二度死んで二度とも蘇生したのも、共に生命の更新であって、然も霊能の復活である、と信じていたのである。


蟹の肉が月の盈虚によって肥瘠を異にしたことも、また古代人をして蟹を霊的の動物と考えさせた一原因である。然も月の盈虚が海潮の去来と関係あることを知って、いやが上にも蟹を不思議の物と考える程度を加えたのである。更に蟹の形態——殊に背甲に往々人面に髣髴たる地紋があり、且つこれに中毒して死を招くことなどは、愈々蟹を崇拝せしめるのに有力なるものがあった。我々の祖先は此の種の蟹を以て人間の怨魂が化したものと考えて、今に平家蟹、長田蟹、島村蟹、武文蟹、治部少輔蟹等の伝説を残している。かくして「日本霊異記」に載せた蟹満寺の古縁起となり、近江国甲賀郡土山村の蟹坂〔四三〕、越中国西蠣波郡北蟹谷村大字五郎丸の蟹掛堂〔四四〕、駿河国庵原郡高部村大字大内の保蟹寺の蟹楽師〔四五〕、甲斐国西八代郡御代咲村大字蟹沢の長源寺の蟹仏〔四六〕、美作国久米郡久米村大字久米川南の蟹八幡〔四七〕の由来などを始めとして、江州八幡町の少年が毎年小正月の左義長に蟹に扮する土俗や〔四八〕、此の外に私のカードに数えきれぬほど記してある蟹に関する伝説なども、その悉くは蟹を霊物としたために生じた信仰の結果なのである。
蟹の肉が月の盈虧によって肥瘠を異にしたことも、また古代人をして蟹を霊的の動物と考えさせた一原因である。然も月の盈虧が海潮の去来と関係あることを知って、いやが上にも蟹を不思議の物と考える程度を加えたのである。更に蟹の形態——殊に背甲に往々人面に髣髴たる地紋があり、且つこれに中毒して死を招くことなどは、愈々蟹を崇拝せしめるのに有力なるものがあった。我々の祖先は此の種の蟹を以て人間の怨魂が化したものと考えて、今に平家蟹、長田蟹、島村蟹、武文蟹、治部少輔蟹等の伝説を残している。かくして「日本霊異記」に載せた蟹満寺の古縁起となり、近江国甲賀郡土山村の蟹坂〔四三〕、越中国西蠣波郡北蟹谷村大字五郎丸の蟹掛堂〔四四〕、駿河国庵原郡高部村大字大内の保蟹寺の蟹楽師〔四五〕、甲斐国西八代郡御代咲村大字蟹沢の長源寺の蟹仏〔四六〕、美作国久米郡久米村大字久米川南の蟹八幡〔四七〕の由来などを始めとして、江州八幡町の少年が毎年小正月の左義長に蟹に扮する土俗や〔四八〕、此の外に私のカードに数えきれぬほど記してある蟹に関する伝説なども、その悉くは蟹を霊物としたために生じた信仰の結果なのである。


此の見地から言えば、蟹を産室に這わせる習俗は、産児が蟹の如く幾度となく生命を更新して、永く健全であれとの呪術から出たものであって、単に赤児が蟹の如く這うようになれと祝福しただけではないのである。琉球の各島々では、現に出産があると、数匹の蟹を捉えて来て室内を這わせる習慣が残っているが、此の場合に若し蟹の獲られぬときは、その代りに螽斯(方言セーガ)を用いるそうである〔四九〕。蟹の代用に螽斯を以てした理由は、私にはよく判然せぬが、支那には此の事が古くから行われていたようである。「詩経」の螽斯三章は即ちそれであるが、此の祝儀は文字の上だけでは我国でも用いたものと見えて、「山槐記」治承二年十月十日の条所載、建礼門院徳子の皇子降誕の祭文中の一節に『世以歌螽斯之詩、天以授亀鶴之齢』と見えている。而して此の蟹を這わせる役目は、姓氏録に魂振命とあるのから推すと、これが巫女であったことは明白である。何となれば、魂振とは即ち鎮魂の儀であって、これの魂振の聖職を奉ずるもの([[日本巫女史/第一篇/第五章/第三節|次章鎮魂の節]]参照)は巫女に限られていたからである。
此の見地から言えば、蟹を産室に這わせる習俗は、産児が蟹の如く幾度となく生命を更新して、永く健全であれとの呪術から出たものであって、単に赤児が蟹の如く這うようになれと祝福しただけではないのである。琉球の各島々では、現に出産があると、数匹の蟹を捉えて来て室内を這わせる習慣が残っているが、此の場合に若し蟹の獲られぬときは、その代りに螽斯(方言セーガ)を用いるそうである〔四九〕。蟹の代用に螽斯を以てした理由は、私にはよく判然せぬが、支那には此の事が古くから行われていたようである。「詩経」の螽斯三章は即ちそれであるが、此の祝儀は文字の上だけでは我国でも用いたものと見えて、「山槐記」治承二年十月十日の条所載、建礼門院徳子の皇子降誕の祭文中の一節に『世以歌螽斯之詩、天以授亀鶴之齢』と見えている。而して此の蟹を這わせる役目は、姓氏録に魂振命とあるのから推すと、これが巫女であったことは明白である。何となれば、魂振とは即ち鎮魂の儀であって、これの魂振の聖職を奉ずるもの([[日本巫女史/第一篇/第五章/第三節|次章鎮魂の節]]参照)は巫女に限られていたからである。


巫女が呪術に用いたと思われる動物は、まだ此の外に蛇(古事記に蛇比礼とある)があり、蜈蚣(同上、蜈蚣の比礼)があり、蜂(同上、蜂の比礼)があったようだが、記事が余りに簡単なので、其の方法すら知ることが出来ぬので、今は省略した。更に、牛、馬、犬、狐等の如き動物にあっては、記録にこそ見えぬけれども、実際にあって呪術に用いられたものと想われるが、是等は後章に説くとして、茲では触れぬこととした。
巫女が呪術に用いたと思われる動物は、まだ此の外に蛇(古事記に蛇比礼とある)があり、蜈蚣(同上、蜈蚣の比礼)があり、蜂(同上、蜂の比礼)があったようだが、記事が余りに簡単なので、その方法すら知ることが出来ぬので、今は省略した。更に、牛、馬、犬、狐等の如き動物にあっては、記録にこそ見えぬけれども、実際にあって呪術に用いられたものと想われるが、是等は後章に説くとして、茲では触れぬこととした。


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