「日本巫女史/第一篇/第四章/第四節」を編集中

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宍串の民俗学的例証は、私の集めただけでも相当に存しているが、その代表的の物は「出雲風土記」意宇郡安来郷に載せた語臣猪麻呂の記事である。天武朝に猪麻呂が娘を鰐のために喰い殺されたのを怒り〔三一〕、天神地祇に祈ったところ、百余の鰐が一頭の鰐を囲み率いて来たので娘の仇を復したが、その時に猪麻呂は『<ruby><rb>和爾</rb><rp>(</rp><rt>ワニ</rt><rp>)</rp></ruby>者殺割而<ruby><rb>挂</rb><rp>(</rp><rt>カケ</rt><rp>)</rp></ruby>串立路之垂也』とあるのがそれであって、現代にその面影を残しているものは、大隅国姶良郡東襲山村大字重久の<ruby><rb>止上</rb><rp>(</rp><rt>トカミ</rt><rp>)</rp></ruby>神社の贄祭である。社伝に、此の祭は、景行帝が熊襲を退治せられたところ、その梟師の悪霊が祟りをなし人民を苦しめるので、毎年旧正月十四日に、氏子が初猟をなし、獲物の肉を三十三本の串に貫き、地に挿し立てて牲となし、熊襲の霊を祀るに始まると言い、今にその祭礼の次第が存している〔三二〕。
宍串の民俗学的例証は、私の集めただけでも相当に存しているが、その代表的の物は「出雲風土記」意宇郡安来郷に載せた語臣猪麻呂の記事である。天武朝に猪麻呂が娘を鰐のために喰い殺されたのを怒り〔三一〕、天神地祇に祈ったところ、百余の鰐が一頭の鰐を囲み率いて来たので娘の仇を復したが、その時に猪麻呂は『<ruby><rb>和爾</rb><rp>(</rp><rt>ワニ</rt><rp>)</rp></ruby>者殺割而<ruby><rb>挂</rb><rp>(</rp><rt>カケ</rt><rp>)</rp></ruby>串立路之垂也』とあるのがそれであって、現代にその面影を残しているものは、大隅国姶良郡東襲山村大字重久の<ruby><rb>止上</rb><rp>(</rp><rt>トカミ</rt><rp>)</rp></ruby>神社の贄祭である。社伝に、此の祭は、景行帝が熊襲を退治せられたところ、その梟師の悪霊が祟りをなし人民を苦しめるので、毎年旧正月十四日に、氏子が初猟をなし、獲物の肉を三十三本の串に貫き、地に挿し立てて牲となし、熊襲の霊を祀るに始まると言い、今にその祭礼の次第が存している〔三二〕。


併し乍ら、此の肉串も原始期に溯ると、独り鹿や猪の肉ばかりでなく、人肉を用いたことも在りはせぬかと思われる点である。即ち前に挙げた枕詞の本歌は「万葉集」巻九菟原処女の墓を見て詠める長歌の一節で、即ち『<ruby><rb>宍串呂</rb><rp>(</rp><rt>シジクシロ</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>黃泉</rb><rp>(</rp><rt>ヨミ</rt><rp>)</rp></ruby>に待たむと<ruby><rb>隠沼</rb><rp>(</rp><rt>コモリヌ</rt><rp>)</rp></ruby>の<ruby><rb>下懸想</rb><rp>(</rp><rt>シタハ</rt><rp>)</rp></ruby>へ置きて、打嘆き妹が<ruby><rb>去</rb><rp>(</rp><rt>ユ</rt><rp>)</rp></ruby>ければ』云々とあるように、死の国である黄泉にかけた冠辞なのである。巫女が屍体を支解する職程を有していたために<ruby><rb>祝</rb><rp>(</rp><rt>ハフリ</rt><rp>)</rp></ruby>と称したことの詳細は[[日本巫女史/第一篇/第七章/第二節|後章]]に説くが、宍串が人肉であったことも、此の結論から、当然考えられることである。而して是等の宍串を作る役目は、言うまでもなく巫女であったに相違ないのである。
併し乍ら、此の肉串も原始期に溯ると、独り鹿や猪の肉ばかりでなく、人肉を用いたことも在りはせぬかと思われる点である。即ち前に挙げた枕詞の本歌は「万葉集」巻九菟原処女の墓を見て詠める長歌の一節で、即ち『<ruby><rb>宍串呂</rb><rp>(</rp><rt>シジクシロ</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>黃泉</rb><rp>(</rp><rt>ヨミ</rt><rp>)</rp></ruby>に待たむと<ruby><rb>隠沼</rb><rp>(</rp><rt>コモリヌ</rt><rp>)</rp></ruby>の<ruby><rb>下懸想</rb><rp>(</rp><rt>シタハ</rt><rp>)</rp></ruby>へ置きて、打嘆き妹が<ruby><rb>去</rb><rp>(</rp><rt>ユ</rt><rp>)</rp></ruby>ければ』云々とあるように、死の国である黄泉にかけた冠辞なのである。巫女が屍体を支解する職程を有していたために<ruby><rb>祝</rb><rp>(</rp><rt>ハフリ</rt><rp>)</rp></ruby>と称したことの詳細は後章に説くが、宍串が人肉であったことも、此の結論から、当然考えられることである。而して是等の宍串を作る役目は、言うまでもなく巫女であったに相違ないのである。


'''二 鵐'''
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