「日本巫女史/第二篇/第三章/第三節」を編集中

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斯うした事件は、鬼を信じ巫を好んだ平安朝には、到底ここに挙げ尽せぬほど多く存しているが、就中、左の事件の如きは、神託の霊験を知る上に必要であると考えたので、最後の類例として抄出した。「大神宮諸雑事記」巻一に、
 
斯うした事件は、鬼を信じ巫を好んだ平安朝には、到底ここに挙げ尽せぬほど多く存しているが、就中、左の事件の如きは、神託の霊験を知る上に必要であると考えたので、最後の類例として抄出した。「大神宮諸雑事記」巻一に、
  
: 長元四年六月十七日、大神宮御祭也、仍斎内親王依例参宮(中略)。而爰斎王御託宣云、我皇大神宮之第一別宮荒祭宮也、而依大神宮勅宣<sub>天</sub>、此斎内親王<sub>仁</sub>所託宣也、故何者、寮頭相通、並妻藤原古木古曾及数従者共<sub>仁</sub>、年来狂言之詞巧<sub>天</sub>、我夫婦<sub>仁和</sub>、二所大神宮翔付御<sub>奈利</sub>、男女之子供<sub>仁</sub>荒祭宮<sub>乃</sub>付通給也、女房共<sub>仁和</sub>、今五所別宮<sub>乃</sub>付給也<sub>止</sub>号<sub>志天</sub>、巫覡之事<sub>遠</sub>護陳<sub>天</sub>、二宮化異之由<sub>遠</sub>称<sub>須</sub>、此尤奉為神明<sub>仁毛</sub>奉為皇帝<sub>仁毛</sub>、極不忠之企也云々。同年八月二十日寮頭相通者伊豆国、妻古木古曾子者隠岐国<sub>仁</sub>配流云々。
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: 長元四年六月十七日、大神宮御祭也、仍斎内親王依例参宮(中略)。而爰斎王御託宣云、我皇大神宮之第一別宮荒祭宮也、而依大神宮勅宣<sub>天</sub>、此斎内親王<sub>仁</sub>所託宣也、故何者、寮頭相通、並妻藤原小木古曾及数従者共<sub>仁</sub>、年来狂言之詞巧<sub>天</sub>、我夫婦<sub>仁和</sub>、二所大神宮翔付御<sub>奈利</sub>、男女之子供<sub>仁</sub>荒祭宮<sub>乃</sub>付通給也、女房共<sub>仁和</sub>、今五所別宮<sub>乃</sub>付給也<sub>止</sub>号<sub>志天</sub>、巫覡之事<sub>遠</sub>護陳<sub>天</sub>、二宮化異之由<sub>遠</sub>称<sub>須</sub>、此尤奉為神明<sub>仁毛</sub>奉為皇帝<sub>仁毛</sub>、極不忠之企也云々。同年八月二十日寮頭相通者伊豆国、妻古木古曾子者隠岐国<sub>仁</sub>配流云々。
  
 
鎌倉期になると、流石に、武断政治を以て天下に号令しただけに、巫女を信頼する事、前代の如きものはなかったが、それでも決して絶無という次第ではなく、源頼朝ほどの人物でも、又これを全く閑却することは出来なかったのである。前掲「吾妻鏡」巻二治承五年七月八日の条に、「相模国大庭御厨庤<ruby><rb>一古</rb><rp>(</rp><rt>イチコ</rt><rp>)</rp></ruby>娘参上」と見え、同書巻六文治二年五月一日の条には、
 
鎌倉期になると、流石に、武断政治を以て天下に号令しただけに、巫女を信頼する事、前代の如きものはなかったが、それでも決して絶無という次第ではなく、源頼朝ほどの人物でも、又これを全く閑却することは出来なかったのである。前掲「吾妻鏡」巻二治承五年七月八日の条に、「相模国大庭御厨庤<ruby><rb>一古</rb><rp>(</rp><rt>イチコ</rt><rp>)</rp></ruby>娘参上」と見え、同書巻六文治二年五月一日の条には、

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