「日本巫女史/総論/第三章」を編集中
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柳田先生によって提唱された巫女の研究、及び巫女と同じ運命に置かれた特種階級の賤民の考覈は、深く学界の注意を惹起し、大正八年一月に喜田貞吉氏が「民族と歴史」(後に社会史研究と改題す)を発行して、更に此の種の研究を鼓吹し、殊に巫覡関係の論文にあっては「憑物研究号」(第八巻第一号)を始めとして、有益なる多くの研究や史料が掲載されている。而して此の種の研究は、大正八九年頃より昭和の現時に至るに及んで、益々その程度を深め、遂に一種の学風をなして天下を風靡し、好学の士を起たして、此の種の単行本や雑誌が到るところで刊行されるまでの機運を作るに至った。先ず単行本としては柳田先生の「石神問答」、郷土研究社の「炉辺叢書」及び「第二叢書」、温故書房の「閑話叢書」及び「共古随筆」、総葉社の「日本民俗志」、甲陽堂の「民俗叢書」等を重なるものとして、故山路愛山氏の「神道論」(愛山講演集第二篇所収)、鳥居龍蔵氏の「日本周囲民俗の原始宗教」及び「人類学上より観たる我が上代の文化」など、到底ここには書名だけでも記せぬほどの刊行を見るに至った。而して直接巫女史学には関係せざるも、又以てこれが参考とすべきものには、津田左右吉氏の「古事記及び日本書紀の新研究」及び「神代史の研究」折口信夫氏の「日本文学の発生」(日本文学講座所載、及び「古代研究」所収)、土居光知氏の「文学序説」、武田祐吉氏の「神と神を祭る者との文学」、土田杏村氏の「文学の発生」、加藤咄堂氏の「日本宗教風俗史」及び「民間信仰史」等其他がある。更に雑誌にあっては、柳田先生の監修せられた「民族」竝びに折口信夫氏が編輯された「土俗と伝説」を始めとし、京都で発行された「郷土趣味」及び浜松市で発行された「土のいろ」など、これも誌名を挙げるだけでも容易ならぬほど多く存している。猶お、参考論文としては、内藤虎次郎氏の「卑弥呼考」(芸文所載)羽田享氏の「北方民族に於ける巫女に就いて」(芸文所載)、狩野直喜氏の「支那上代の巫、巫咸に就いて」、同じく「説巫補遺」、「続説巫補遺」、及び「支那古代祭尸の風俗に就いて」(以上は哲学研究、芸文等に掲載されたものであるが、後に編輯されて「支那学文叢」に収められた)等が、その重なるものである。 | 柳田先生によって提唱された巫女の研究、及び巫女と同じ運命に置かれた特種階級の賤民の考覈は、深く学界の注意を惹起し、大正八年一月に喜田貞吉氏が「民族と歴史」(後に社会史研究と改題す)を発行して、更に此の種の研究を鼓吹し、殊に巫覡関係の論文にあっては「憑物研究号」(第八巻第一号)を始めとして、有益なる多くの研究や史料が掲載されている。而して此の種の研究は、大正八九年頃より昭和の現時に至るに及んで、益々その程度を深め、遂に一種の学風をなして天下を風靡し、好学の士を起たして、此の種の単行本や雑誌が到るところで刊行されるまでの機運を作るに至った。先ず単行本としては柳田先生の「石神問答」、郷土研究社の「炉辺叢書」及び「第二叢書」、温故書房の「閑話叢書」及び「共古随筆」、総葉社の「日本民俗志」、甲陽堂の「民俗叢書」等を重なるものとして、故山路愛山氏の「神道論」(愛山講演集第二篇所収)、鳥居龍蔵氏の「日本周囲民俗の原始宗教」及び「人類学上より観たる我が上代の文化」など、到底ここには書名だけでも記せぬほどの刊行を見るに至った。而して直接巫女史学には関係せざるも、又以てこれが参考とすべきものには、津田左右吉氏の「古事記及び日本書紀の新研究」及び「神代史の研究」折口信夫氏の「日本文学の発生」(日本文学講座所載、及び「古代研究」所収)、土居光知氏の「文学序説」、武田祐吉氏の「神と神を祭る者との文学」、土田杏村氏の「文学の発生」、加藤咄堂氏の「日本宗教風俗史」及び「民間信仰史」等其他がある。更に雑誌にあっては、柳田先生の監修せられた「民族」竝びに折口信夫氏が編輯された「土俗と伝説」を始めとし、京都で発行された「郷土趣味」及び浜松市で発行された「土のいろ」など、これも誌名を挙げるだけでも容易ならぬほど多く存している。猶お、参考論文としては、内藤虎次郎氏の「卑弥呼考」(芸文所載)羽田享氏の「北方民族に於ける巫女に就いて」(芸文所載)、狩野直喜氏の「支那上代の巫、巫咸に就いて」、同じく「説巫補遺」、「続説巫補遺」、及び「支那古代祭尸の風俗に就いて」(以上は哲学研究、芸文等に掲載されたものであるが、後に編輯されて「支那学文叢」に収められた)等が、その重なるものである。 | ||
更に巫女史学の素材ともいうべき資料を載せた各地の神社誌及び地誌類にあっては、古く江戸期に編纂されて、明治期に復刻されたもの、新に明治期において編纂されたもの、即ち各種の神社由緒記、国誌、府誌、縣誌(又は史)、郡誌(同上)、町村誌(同上)及び名所記、案内記等に至っては、私が読んだだけでも、約七百種の多数に達している。勿論、是等の神社誌や地誌類の悉くに必ず巫女資料が載せてあるというのではないが、是等の書籍から、かなり多くの資料を抽出することが出来るのである。而して是等の書名は如何にするもここに列挙することが出来ぬので、本文に引用した際には、一々註を加えて出典を明白にするとした。 | |||
我国内地の巫女史学の研究にとって、重要なる参考史料となるべきものは、琉球のノロ及びユタと、アイヌのツスの考覈である。而して前者にあっては、伊波普猷氏の「古琉球」、「古琉球の政治」、「沖縄女性史」及び「民族」に掲載された三四の論文と、故佐喜真興英氏の「女人政治考」、外に折口信夫氏の「琉球の神道」(世界聖典全集本所収及び「古代研究」所収)及び「続琉球神道記」(炉辺叢書本「山原の土俗」所載)等があり、後者にあっては金田一京助氏の「アイヌの研究」及び「郷土研究」「東亞の光」「民族」等に掲載された多くの研究がある。猶お附言することは、我国の巫女史学と直接間接に交渉を有しているシベリヤ、満州、朝鮮などの巫女史学の沿革、及び新聞紙の掲載された此の種の史料は、一々ここに記述することを省略して、その機会のある毎に記述することとした。 | 我国内地の巫女史学の研究にとって、重要なる参考史料となるべきものは、琉球のノロ及びユタと、アイヌのツスの考覈である。而して前者にあっては、伊波普猷氏の「古琉球」、「古琉球の政治」、「沖縄女性史」及び「民族」に掲載された三四の論文と、故佐喜真興英氏の「女人政治考」、外に折口信夫氏の「琉球の神道」(世界聖典全集本所収及び「古代研究」所収)及び「続琉球神道記」(炉辺叢書本「山原の土俗」所載)等があり、後者にあっては金田一京助氏の「アイヌの研究」及び「郷土研究」「東亞の光」「民族」等に掲載された多くの研究がある。猶お附言することは、我国の巫女史学と直接間接に交渉を有しているシベリヤ、満州、朝鮮などの巫女史学の沿革、及び新聞紙の掲載された此の種の史料は、一々ここに記述することを省略して、その機会のある毎に記述することとした。 | ||
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