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春来る鬼
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==なもみたくり== これを、適切な例をとって言うてみますと、このなもみたくりというものの、一つの中心地帯である秋田の男鹿半島の事ですが、此処は、姿のすぐれた異色のある山が多く、新山、本山、寒風山などがあります。『真澄遊覧記』の中にも出て居まして、真澄が興味を寄せた一つの中心地なのです。ここには、なもみたくりの話が大変に多く、柳田先生の『雪国の春』を見ても、『遊覧記』からなもみたくりの記事を、出来るだけお集めになって居られます。それ位ですから、流石に今行って見ても、此処で所謂「なまはげ」の出る村々が沢山あります。青年団長の家——若衆宿に、お面が預けてあって、其処から出て行く。鉄道省の案内記にも、この事は出ている程で、小正月の晩に、若衆がそれぞれ笊に紙をはり、彩ってかぶって行く、とあります。これは、村々で違うのでありまして、或村では、笊だが、又或村では、夏に杉の皮を剝がしておいて、冬になるとこれに加工して、正月十五日の晩——農村では一番大事な日——にかぶって出るのです。中には、紙の面になっている所もあります。面の形は、村々の意匠が加わり加わりして、変って来たのか、又は毎年毎年お面を変えた為か、一様ではなく、又統一がなくなってしまうて居ます。昨年出た『奥の手風俗』を見ますと、なもみたくりの事を、かせぎとりと書いてありますが、かせはかさと同じく、或一種の皮膚病、子供のあせもの様にも考えられます。かせぎもそんなものと思われます。かせぎとりは又、かせとりとも言うているのです。『奥の手風俗』に出ている図で見ますと、子供が小さな板の上にのせてある様な人形を持って居て、「かせぎとりが参った」を称えて、家々へ物を乞うて歩く、とありますが、これは、段々形が変化して来ているのだ、と思われます。併しもっと古めかしい型か、又は、面を忘れた型か訣りませんが、普通では、お面で特色を現したのが、人形にまでなって来たのだ、と考えます。 抑、なもみたくりというものが、初めて記録として、広く世間に発表されたのは、大正十年頃の朝日新聞が、各地の行事を記載した時に、奥州には広く若衆が顔に鍋ずみを塗って出て、 : なもみはげたか。はげたかよ : あずきにえたか。にえたかよ と呼ばって歩く、と出て居た様に思います。 なもみは、いろりで火だこの出来ているような怠け年寄り、又は、腕白小僧を懲しめに来るものだ、と信じられています。その形には、お面のもあり、——其お面にも色々種類があります。——又素面に物を塗って来るのもあり、又『奥の手風俗』のものの様に、人形のもあって、大体三通りに分けられます。 なもみ系統の語は、皆皮膚病を意味する語であって、皮膚に出ている斑点を取りに、或はとがめに来るもの、それをかせとり・なもみたくり・なまはげというのであって、皆同一類のものなのです。この外に、もうこというている所もあります。この名称には牛が聯想されますが、これは、疑いも無く、春の初めに、農村にそういうお化けが出て来ました。それをもうこと称したことが、もくりこくりの鬼が来る、という語を生み出したのであります。ちょうど、海から仇をしに来るもの、すなわち、蒙古の襲来の事を考えている様ですが、もくりこくりには、きっと何等かの外の意味があると思われます。これが後には、蒙古と高麗との鬼が攻めて来る、と考えたのだと思われます。そうなると、やはり子供をおどかすもの、という事になります。例えば、がごぜという目に特徴のある鬼、ももんがあという両手を広げて口に特徴のある物、こうした子供をおどかすものと、一つになってしまったので、もとは、小正月の行事の印象から来て居るものと思われます。所が、もうこ・もくりこくり、という語に就いては、果してもくりこくりという語を、もうこという一種の鬼から解釈していいかどうか訣りませんが、かせぎとり・なもみたくりは訣ります。実は皮膚の病気を意味するものでなく、もっと外の意味であったのが、其聯想から、段々そうなって来たのだとだけは、少くとも言えるのであります。恐らく、このなもみとかかせぎ・かせ(さ)とりとかいうのは、やって来るまれ人の、特殊な服装から出て来るのではなかろうか、と思われます。
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