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春来る鬼
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==けた== 話が目的の一部分ではあるが、細かい所へ入り過ぎたから、もとへ戻して見ます。この男鹿の岬では、神は海から来る、と考えたのでしょう。そして、その神は、秋田の東南太平山に移るもの、と考えて居たらしいのです。神は平地から山上へ登ると考えたのです、一体この太平山は、修験道の一道場なのです。男鹿・太平山に当るところをあげて見ると、能登半島の気多と石動山で、ここでは、少し形が変って、気多の、神のいる所へ、神が海から来て、更に、石動山へ移った、と考えて居たらしいのです。気多の神に就いては、中山さんの『日本民俗学』の中に、「気多神考」が書かれて居ますが、にこらい・ねふすきいさんが、けたとは、露語で鮭を言う、と言うたところからひんとを得て、中山さんは、おもしろい体系を作っておられます。私の考えは不幸ながら此親友とは別途にあります。けたとは、水の上に渡した棒で、橋の一種であるとは言えますが、橋ではないので、間のあいている渡し木なのです。同時に又、未だにその意味を失わずに居ります。けたはもう少し形が変れば、たな——海岸や水中に突出したもの——と同じ形になるのであって、ともかく、海から陸地へつなぐもので、何も土地と土地とをつなぐものではなく、それを通らねば陸地に上れない、と考えられて居ました。これがけたなので、皆水に関係のあるものなのです。湯桁なんかを考えても、又井桁でも、水に関係のあるものだと思われます。神は海からすぐ上るのではなく、一種の足溜りを通って上ったらしいのです。それが、けたという土地が、日本の海岸地方に分布しており、又、古い信仰が残っている理由なのです。けたという所は、海から陸地へ上る足溜りですから、その土地が、同時にけたと言われます。陸へ上ってから、もう一つ山に登らねばならぬので、石動山を考えたのです。三十年ほど前までは、石動山——修験の中本山——から、気多の祭りの時に、山伏が下りて来て、斧をふって舞う行事があったそうです。これは、一个所でいいのですが、延長してもう一个所考えてみたのです。
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